世界中で日本ほど人口密度の高い国はあるのだろうか。よくわからないがトップでなく
てもかなり上位に位置するのではないか。シンガポールなどはかなり多そうな気がす
る。人間の遺伝子情報から判断すれば日本人の遠い祖先はロシアのシベリアのなんとか
いう湖の側であるという。中国の歴史は古く紀元前2000年くらいから前に独自の
文明があった。その当時日本は縄文か弥生時代である。アイヌ族が日本じゅうにいた
のかもしれない。あるいはすでに朝鮮などから移住してきていたのかもしれない。遠い
昔日本と大陸が陸地でつながっていたとき民族が渡ってきてその後水位があがり
大陸との道がきれたとき日本は独自の発達を始める。当時の日本人の人口はどのぐらい
あったのだろう。数万人から数十万人ぐらいでしょうか。だれか考古学に詳しい人教えて
ください。
渡来人がやってきて日本にも文明が伝わったのだろうか。出雲や吉備にかつて栄えた豪族
たちは国をどうしたのか。出雲王朝は大和王朝に国をゆずりまた吉備王朝は大和王朝と合
流したのであろうか。故司馬さんは出雲の大国主の命の子孫と会ったことがあると何かの
本で述べられていて私はびっくりしたことがある。
吉備には桃太郎の伝説がある。ここで鬼はだれだったのだろう。吉備の王朝に対抗する
豪族が岡山あたりにあったのか。水軍のような勢力がいたのかもしれない。
ともかく日本の人口は鎌倉時代と明治時代にかなりのペースで増えた気がする。鎌倉時代
には幕府が開かれ比較的穏やかな時代であった。武士は平和なときは農業をしてまた乱に
備えて武備を高めていた。
明治の頃は人口が約3000万人と聞いている。首都の江戸は人口100万人ぐらい
あった。維新後明治になり日本の人口は産めよ増やせよでどんどん増えた。
二〇〇六年になりはじめて死亡者が出生者をうわまった。
現在は小子化の影響でどんどん人口が減ってきていると思う。老人は増えているので
ある。明治のころは夫婦一組にこどもが5人も7人もいたという。しかし平均寿命も
短かかった。それに女のひとは子供を産み育てる道具のごときものであった。女の人
には失礼だが。
現在は結婚しても離婚する人が多いという。およそ1割の夫婦が離婚しているらしい。
既婚者のうち働いている人は女性で約半数とか聞きます。その場合育児に手をかける
ことになるが、支援の道は開かれているのだろうか。昔の夫婦は如何していたのだろうか。
それについては一家におじいさんやおばあさんがいて、子供を預けることが可能であった。
現在は核家庭が進み3世代同居の場合は昔より減っているだろう。それでも育児休暇や幼
児手当てが現在有効に働いているようだ。
しかしこの狭い日本列島にどうしてこんなにおおぜいの人が住んでいるのだろう。我々は
いつも注意しなければいけないのは、日本の島国根性のことである。こうしてこの文を
書いている私こそ気をつけないといけないことなのだが。
最近の小泉首相は日米関係を最重要として世界を舞台にしてまわっておられる。それは
それで国際協調として結構なことだがもっと国内に目をむけるべきだろう。国債のこと
であるが600兆を超える赤字国債をどうするつもりなのだろうか。幸いに日本の国の
国民は我慢づよい。政府を信頼しているのである。政府の課長や局長が自民党の後押し
で全国の知事や国会議員になるさまは実に異様である。
時代の流れの中で日本は最近これまでにない国際貢献を与儀なくされている。PKO
である。政府は近い将来に自衛隊を国軍とし当然憲法を一部改定する意向である。何時
か分からないが現在の与党と野党の民主党がまとまれば国会はいまでも成立するだろう。
あとは国民の判断が残るのみである。
私が気になることが一つある。それは国家元首の定義であるが、私は首相がなるべきだ
と思っている。もし元首天皇制とするならば政治家に担がれて戦前のようなことになる
懸念がある。君が代の歌詞も国民主権の解釈に徹底すべきだと思う。この点について
政治家が解釈を曲げてはならぬと。「君」の解釈であるがこれは国民のことである。
いつか法律で国旗を日の丸に国歌を君が代と定めたときがあった。そのとき内閣官房
長官は君が世の意味について天皇のことをさすと言われていた。国民主権もあれこれ
述べられていたが結局象徴天皇の定義を大きく踏み外したものであった。マスコミや
報道各社はよくぞ大きく取りあつかはなかったものである。繰り返すが現在の天皇に
は外交権はない、それに自衛隊(自衛軍)の指揮権もない。それゆえ天皇を元首とす
るのは現実的ではない。天皇は血筋で決まっており、選挙などの民意で選ばれたもの
ではないのである。民主主義の根幹を間違えないでほしいものだ。来るべき将来に改
憲の動きがあるときこの辺もよく考えてほしいものである。
少し大きな話だが、天皇制の存在が私には疑問である。鎌倉幕府から政治は長期に渡
り武家が執り行っていた。明治維新のとき大政奉還により朝廷に政府が移っただけで
ある。英国のように君臨すれども統治せず、であろうが。
現在の象徴天皇制は国民に広く受けいられているので良い
が、将来男子皇統者がいなくなれば、それで天皇制を廃止すれば良いのではとも思う。
しかしこれはすべての国民の問題であり、そう軽軽しく言えたものではない。
来るべき将来に改憲の動きがあるときこの辺もよく考えてほしいものである。
私は現在の議員内閣制より大統領制のほうが良いと思う。それは首相になる人の人選
の過程がよくわからないからである。現在の二院制は戦前の貴族院を参議院としたも
のだが、衆院優先の弊害で参院の法律のちえっくの機能が機能していないからである。
戦後、現在の憲法が起草された時なぜ大統領制が取り入れられなかったのか疑問だ。
当時米国の眼にとまる人物がいなかったせいかもしれない。
英国は日本と同じで議員内閣制だが政党制は機能しているようだ。
今後改憲のときそのことも考慮してほしいものだ。
さらにペンを進めると、ODAのことが気になる。政府首脳が外国を訪問したとき
100億ぐらいの金額を気前よく援助している。日本ではそれだけのお金があれば
家が1000戸ぐらい建つお金である。無償有償を問わず政府は海外へお金を出す時
は新聞などでその内容を公表すべきだろう。巨額の債務を抱えながらあまりにも気前
がよすぎると感じるのは私だけでしょうか。経済大国として持ち上げてもらっていて
も政府は使ったお金の明細を示そうともしない。プラン、ドウ、チェツクが十分でな
いのである。入るお金が限られている以上出て行くお金を厳重にしぼる必要がある。
とくに不思議なのは経済発展著しい中国に何百億円の援助をしていることである。
新聞の読者投稿欄にもこのことがのっていたがどうしても援助停止はできないらしい。
特殊法人などの職員の給料も民間レベルとしそのトップの退職金も給料一年分くらい
にすべきだろう。いずれ大増税しなければやっていけなくなると思う。
また話は変わるが学校で国会や政府や裁判所などの説明を社会の授業で習った
記憶がある。義務教育なので日本人なら皆おなじみのはずです。それが高校に進むと
この国のかたちについてはほとんど授業が無かった。中高一貫構想が最近話題になり
学力の向上を効率的にしようとする試みがすでに行われている。思えば明治維新は
年若くして身分の低いものたちが主として成し遂げたものである。はずかしながら
私が若い時、昭和47年ごろ大学は学生運動がさかんだった。東大の入試が一年中止
されたことがあった。参政権は二十歳からある。無党派層がふえている原因はなにか?
政治的な問題があまりにも複雑になりすぎていて、またどの党に一票いれてもなにも
変らないのではないかという一種の諦めムードがあるせいもあるのではないか。学生を
はじめとする若者が働くことを避けているのは何故だろう?。希望すればどこかの大学へ
学力に応じて必ず入れるという時代になってきている。20代の若者が現実を直視し未来
を想うことがどんなにかどんなにか待ち望まれる。
何事につけ問題意識をもつことが重要であり政府に働きかける一大勢力となればと思う。
また話が変るが、歳をとられてかつ現役の技術者が伝承者なしで亡くなられるのも
問題だと思う。日本の中枢の分野は、物つくりの技術でありいわゆるハイテクだという
気がするが、それは大企業のみのお家芸ではなくて中小の企業がかなりがんばっている
からだと思う。大量生産の有利さは確かにわかるが。
コンビニやスーパーにより小売の形態は確かに激変した。またそれらを支えているのも
通信や物流も精密化しているのである。しかし和服やタンスなどを売るのはやはり専門
店でとなるだろう。
私的の事になるが、司法試験に受かった人が親類にいる。難しい試験らしいから拍手を
おくりたいが、合格者が二千名ぐらいいるのには驚いた。法曹界全体を考えれば結構人
員はいると感じた。裁判の早期化が望まれる。また裁判員の制度についても周知徹底し
て実施してほしい。
この国日本で官僚制が果たしてきた役割は大きいが、天下りの弊害も国会等で議論され
ている。また役所出身の者が地方自治体の首長になるのも良く聞く。その際自民党の押
す候補が多いのも事実である。市民も政府出身ならと安心してしまうのではないか。野
党としては相当知名度が高い人でないと当選しないような気がする。一党独裁の弊害が
どこにあるのか政権交代がないかぎり明確には分からない気がする。
水と治安はただでは無くなっている。具体的には年少児の犯罪へのからみや北の核の恐
怖である。
簡単なしまいだが、この国に生まれてよかったと胸をはって言えるような国家になって
ほしい。
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